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川崎にある歴史と夢が交差する百段階段の神社「天照皇大神」

2026.02.23

川崎市幸区の住宅街に、空へと続くような長い階段を持つ神社があります。地元の方々から「百段階段の神社」として親しまれている「天照皇大神(てんしょうこうたいじん)」です。

日々の散歩コースとして、あるいは健康作りの場として親しまれているこの場所が、実は日本史を動かした英雄たちの足跡が刻まれた「超」がつくほどの歴史的パワースポットであることをご存じでしょうか。今回は、知れば誰かに教えたくなる、この神社の奥深い魅力をご紹介します。

太田道灌が江戸城築城を確信した「吉夢」の地

この神社の最もドラマチックな物語は、室町時代まで遡ります。江戸城の築城者として名高い名将・太田道灌との縁です。

道灌が築城に最適な地を求めてこの丘陵に登り、この神社に参篭(おこもりすること)した際のこと。夜明けの夢に、東北の空を優雅に舞う丹頂鶴の姿があらわれました。道灌はこの瑞祥を「吉兆なり」と確信し、鶴が舞った方向へと向かい、後の大都市・東京の礎となる江戸城を築いたと伝えられています。

実は道灌には「鷲に兜を奪われる」という不吉な夢を見て築城を断念したという逸話があります。その話の続きこそ、この神社でみた「最高の夢」なのです。その夢でダイナミックに歴史が動いたのか……そう考えると、神社の持つ運気や、迷いを断ち切るパワーの強さが伝わってきませんか?

戦国大名・北条氏政が愛した荘厳なる祈願所

神社の歴史は、江戸時代を切り拓いた道灌だけにとどまりません。戦国時代には、小田原を拠点に関東を席巻した北条氏の崇敬を集めました。

北条早雲の曾孫にあたる氏政は、この地を重要な祈願所と定めました。当時は「八棟造り」と呼ばれる、複雑で荘厳優美な社殿を造営したといいます。氏政は毎月欠かさず代参を派遣して祭事を執り行わせるほど、この神社を大切に守り続けました。

さらに驚くべきは、この神社自体が「古墳(加瀬台古墳群)」の上に建っているという事実です。古代の有力者の墓の上に、中世の英雄たちが祈りを捧げる社が建つ。ちょうど訪れていらした歴史探訪を愛する方々が「有名な話だからこそ、ここは外せない穴場だ」と教えてくださった理由も、この幾重にも重なった時間の厚みを知れば納得がいきます。

地図をよくご覧ください。7号墳に「天照皇大神」が鎮座しています。

百段階段に挑み、自分だけの「お守り」に出会う

さあ、由緒を知ったところで、実際に「百段階段」に挑んでみましょう。一段一段踏みしめるごとに、街の喧騒が遠のいていきます。

ようやく登り切った!と息をついたのも束の間。目の前には境内が広がり、本殿まではまだまだ!もう少し歩みを進める必要があります。

階段の数は本当に百段なのか、それとも歴史の魔法で数が変わるのか。それはぜひ、ご自身の足で確かめてみてください。1月上旬に訪れると、境内は初詣の清々しい空気に包まれ、色とりどりのかわいらしいお守りたちが参拝客を迎えてくれます。

どれにしようかな……ついつい迷っちゃいます。大切な人へのお土産としても喜ばれそうです。運気のおすそ分けができそうです。

さあ、本殿に到着です。

木々に囲まれ、冬の北風がその木の葉を揺らし、神様に見守られているような、そして背筋が伸びるような、ピリッとした空気感。これもまた神社という文化が身近にあった私たちの感性ですね。

お参りしましょう。一年なんとか過ごせました。ありがとうございました。今年も頑張ります。
道灌が夢見た未来、氏政が祈った安寧。そんな壮大な歴史の風を感じながら、百段階段の先にある静かで凛とした空気で呼吸を落ち着かせてみましょう。そして、あなただけの「吉夢」を祈ってみてはいかがでしょうか。そこには、ただの近所の神社ではない、川崎が誇るべき本物の歴史が息づいています。

エリア情報

天照皇大神

住所:神奈川県川崎市幸区南加瀬1丁目2−2
アクセス:JR横須賀線、JR湘南新宿ライン「新川崎」駅から徒歩約15分
     JR南武線「鹿島田」駅から徒歩約20分
参拝時間:9:00~17:00
駐車場:なし