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駒岡の裏山に残る、1500年前の記憶「駒岡堂ノ前公園」

2026.10.12

住宅街の中に、まるで「裏山」のように木々が茂った場所があります。
今回訪れたのは、鶴見区駒岡にある「駒岡堂ノ前公園」。

カラフルな遊具が並ぶ広場の奥には、緑に覆われた小高い斜面が続いています。

一見すると、住宅街の中にある身近な公園の景色。

子どもたちの遊び場として親しまれている公園のすぐそばに、こんな緑の景色が残っていることに、少し意外な印象を受けます。

ところが、この場所には、今から1500年ほど前の歴史が残されていました。

公園の奥に広がる、緑の斜面

駒岡堂ノ前公園に入ると、まず目に入るのは子どもたちが遊べるカラフルな複合遊具。

色とりどりの遊具が並び、ベンチもあるため、地域の人にとっては日常の中にある身近な公園という雰囲気です。

その一方で、園内から少し視線を上げると、木々に覆われた斜面が目に入ります。

遊具のある開けた空間と、その奥に広がる緑。
その景色を眺めていると、「この先はどんな場所なんだろう?」という気持ちになり、周囲をぐるりと歩いてみました。

すると、斜面の向こう側にも住宅が立ち並んでいました。
森のように見えていた場所も、実際には住宅街の中に残された緑だったのです。

木々の間から住宅が見え隠れする様子は、まさに住宅街の中にある「裏山」のよう。
普段何気なく暮らしている人にとっては、見慣れた景色なのかもしれません。
けれど、初めて訪れた私には、その景色がとても印象に残りました。

ここに古墳があったという驚き

そんな斜面の前に立っているのが、「駒岡堂ノ前古墳」の案内板です。

案内によると、鶴見川の下流地域にある駒岡周辺には、5世紀から7世紀にかけて多くの古墳が造られました。

この丘陵上にも古墳があり、駒岡堂ノ前古墳と呼ばれていたそうです。
前方後円墳と見られる墳丘は削られてしまい、現在は当時の姿を見ることはできません。

それでも、円筒状の埴輪をはじめ、家形や太刀形、矢を入れて背負う武具をかたどる靫形(ゆぎがた)など、様々な埴輪が出土しています。

出土品から、この古墳が作られたのは6世紀後半と推定されています。
1500年ほど前といえば、今のように道路が整備され、住宅が立ち並ぶ景色とはまったく違っていたはず。

現在は静かな住宅街となっているこの場所に、当時の人々が古墳を築かれていたと思うと、少し不思議な気持ちになります。

そして、古墳そのものを見ることができなくても、こうして緑に覆われた丘陵を眺めていると、ここに長い時間が積み重なっていることを感じられます。

今の駒岡に溶け込む、昔の景色

今回歩いてみておもしろかったのは、古墳が「特別な場所」として残っているわけではなかったこと。

公園の遊具で遊ぶ子どもたちがいて、そのすぐそばに木々に覆われた斜面がある。

そして、その斜面をぐるりと回れば、そこにも住宅が建ち並んでいます。
歴史を感じさせる石碑や大きな遺跡が目の前にあるわけではありません。

だからこそ、今の暮らしの中に歴史が自然に溶け込んでいるように感じられました。

何気なく見ていた「裏山」のような景色も、古墳の案内板を読んだあとに眺めてみると、少し違って見えてきます。

木々の向こうに見える住宅や、いつものように行き交う人々。
そんな現在の街並みの下に、1500年ほど前の記憶が眠っていると思うと、いつもの景色も少しだけ奥行きを持って見えてきます。

ここで暮らしていた昔の人たちは、どんな景色を見ていたのでしょう。
現在の暮らしのすぐ隣に、遠い昔の記憶がひっそり残る駒岡。

古墳を見学するために訪れるというより、今の街並みを歩きながら、昔の時間に想いを馳せる。そんな楽しみ方ができる場所でした。

いつもの街を少しだけゆっくり歩いてみると、身近な景色の中にも、まだ知らない歴史に出会えるかもしれません。

エリア情報

駒岡堂ノ前公園

住所:神奈川県横浜市鶴見区駒岡4-28
アクセス:JR京浜東北線、鶴見線「鶴見」駅から横浜市営バス13系統乗車「駒岡八幡神社前」バス停下車、徒歩約15分